分散型ID管理システムを活用した共助アプリエコシステムの社会実装に向けた実証実験がスタート
- 共助アプリを運営している企業
- シェアリングサービスを運営している企業
- 事業を通してCSR活動に取り組みたい企業
DNPは、デジタル庁「Trusted Webの実現に向けたユースケース実証事業」に採択され、「共助アプリにおけるプラットフォームを超えたユーザートラストの共有」の取組みを共助アプリ事業者と共同で開始しました。今回はDNPのデジタルアイデンティティ事業を推進する岡本凜太郎氏、たすけあいアプリ「May ii(メイアイ)」の推進担当中川祐介氏、「まちのコイン」を運営するカヤックの長谷川裕子氏と中島みき氏から、分散型IDと共助アプリの連携による「信頼」の未来についてお話を伺いました。
「共助アプリの“信頼”を共有できる」分散型IDを活用した共助トラストエコシステム
-分散型IDを活用した「共助トラストエコシステム」について教えてください。
中川:共助トラストエコシステムは、異なる共助アプリ間で実績を連携させ、ユーザーの信頼を向上させる仕組みです。DNPは信頼できるデータを流通させる分散型IDの基盤システムを制作しています。アプリやサービスを跨いで、利用実績などのユーザーの信頼を連携できる基盤システムです。
以前からDNPでは共助アプリの一つである「May ii」の活動を通じ、ユーザーのデジタル上の活動において信頼情報が重要であることを意識していました。特に、生活者同士の共助やシェアリングサービスのマッチングをする際の信頼が、これからの社会で重要な役割になると感じ、共助アプリにおける分散型IDの活用に着目しました。
-今回のカヤックとの共創の経緯を教えてください。
中川:現在、共助トラストエコシステムの取組みにご賛同いただける共助アプリ事業者を探しています。カヤックが運営する「まちのコイン」は、May iiと同じく地域における共助を目指していることから、はじめにお声がけさせていただきました。
May iiも含め、多くの共助アプリは無償のサポーターで成り立つサービスです。しかし、現状は無償のサポーターが参加するメリットやインセンティブを十分には提供できていません。サポート実績の証明書を発行することがサポーターのメリットになり、共助サービスのビジネスモデルへの一助になるのではないかと議論をしています。
地域に根ざし信頼を貯めていく共助アプリ「まちのコイン」が持つ課題
-カヤックが取り組む「まちのコイン」の事業内容について教えてください。
長谷川:カヤックは社員と鎌倉の住民の豊かな暮らしを目指し、地域に根ざした活動をしています。「鎌倉資本主義」を掲げ、経済合理性だけでなく、文化や環境、人と人との繋がりのあるコミュニティが経済と同じく“資本”であると考えています。
まちのコインはお金ではない資本の価値を見える化し、個性的なまちづくりを目指すために生まれました。2018年に構想・企画が始まり、2019年に実証実験が行われ、現在は全国の地域に提供を開始しています。
-まちのコインを始めたことで感じた課題や共創のきっかけを教えてください。
長谷川:まちのコインを利用することで、自分自身の行動が環境問題の解決に役立っているという実感を得られている、地域住民の関係性が深まり地域のみなさんで子育てに取り組む環境作りができている、という声を聞いて可能性を感じています。一方で、顔の知らない人たち同士で助け合うことに心理的ハードルを感じる方や、社会課題や地域との関わりに興味を持てず行動に移さない方も一定数いることが課題です。
中島:共助アプリについては一企業の単独プロジェクトでは課題の検証が難しいです。そのため、国や複数の事業者と一緒に検証していくことで解決の糸口があるのではと考え、DNPとの検討に参加しました。
長谷川:まちのコインは「地域住民がまちを歩いて名前を呼び合えるような信頼関係をつくることで、まちづくりへ主体的に取り組む人々を増やす」という考え方をしています。「信頼」を定義づけすることに疑問を感じる部分もあり、Trusted Webをどのように活用することがカヤックにとってベストなのかを検討しながらDNPと取り組みをしています。
実証実験で見えた今後の課題とは
-海外リサーチを踏まえてサービス設計に進んでいるとのことですが、現在はどのように進んでいるのでしょうか。
岡本:海外リサーチをした成果として、証明を発行する方法、有効期限、共助アプリの事業者情報の明示などのガバナンス作りが、社会実装のために非常に重要だと確認できました。現在は共助アプリ事業者間でガバナンス作りをしている段階です。
-実証実験を通じて得られたことについて教えてください。
中川:実証を通じ「共助アプリ事業者全体で共通した課題がある」と認識できたことが大きな価値です。しかし、現状はその解決策がないため、DNPの技術を活かすことで解決できるのではないかと感じています。
岡本:分散型IDについて、世界的に議論が進み盛り上がりを見せていますが、ユースケースが見当たらないことが課題です。共助アプリ事業者は国内で300社ほど存在しますが、集中型のデータベースでは管理しきれないことが分かっています。共助アプリに分散型IDを実装することで、社会にとって意義のあるユースケースになるのではないかと感じています。現在はユースケースに合わせたアプリのモックアップを制作している状況です。
中島:まちのコインなどの共助アプリが分散型ID管理システムに連携していくフローが明らかになり、分散型ID管理システムでの活用が具体的にイメージできました。Trusted Webが社会に実装された際の、カヤックの今後の事業展開について考えるきっかけになりました。
今回の実証実験を通してまちのコインの役割は、活動で貯めた信頼を他の共助アプリで活用していただくことだと感じています。まちのコインは、オフラインでの交流を大切にしているので、そこでの日々の小さな活動の積み重ねはまさに信頼そのもの。例えば、子育てサポートのような深い信頼が必要なシーンで、まちのコインでの活動実績を活用していただければと思っています。カヤックの大切にしている価値観はそのままに、分散型IDシステムを活用することも検討していきたいです。
共助アプリエコシステムの今後の展望と求める共創パートナーについて
-「まちのコイン」の今後の展開を教えてください。
長谷川:「個性豊かな地域を増やす」というミッションがあるので、まちのコインを活用して、様々な人が自分に合った地域を選んで過ごせる世界を作りたいです。まだ道半ばですが、社会資本や環境資本で成り立つコミュニティ通貨を増やし、ユーザーの幸福度を上げていきたい。現在も共創パートナーの研究機関や大学が分析をしており、興味深いリサーチができています。コミュニティ通貨を使うことで地域住民の豊かな暮らしがどのように影響するのかを、これからも追求していきたいです。
-分散型IDが社会へ浸透する今後の展望についてお聞かせください。
岡本:日本では人に頼ることをネガティブに捉えられてしまう傾向があると感じています。特に子育てでは、人に頼ることができず追い詰められてしまう人たちをたくさん見てきました。共助トラストエコシステムを通して、人に頼ることが社会の価値として認められて、より助け合いが生まれる社会になることを願っています。
中川:台湾では国や行政が後押しをして、分散型技術を活用したボランティア証明書を発行し、ボランティアの文化が根付きつつあるそうです。日本でも共助文化がさらに社会に浸透するように、分散型IDを活用することで、共助アプリ市場全体の活性化に貢献していきたいと考えています。
-DNPとして求めるパートナーについて教えてください。
中川:日本では分散型IDの技術開発からユースケースの実現、そしてインセンティブ提供といった一連のプロセスをビジネスとして展開する事例はまだ多くありません。DNPが分散型IDの活用事例を作ることで、共助アプリ以外にも、同じような課題を抱えるシェアリングサービスや、CSR活動としてインセンティブ提供をしたいと考える企業とも共創が広がると思います。また、教育機関での成績評価や就職活動での利用、ボランティア活動の証明の発行など、共助アプリで貯まった信頼を活用できる事業も模索しています。