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2022.11.24
  • CO-CREATION

【共創事例】秀英体の伝統を革新へ、多様な読み書きを支える「じぶんフォント」とは

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DNPは、発達性ディスレクシアを含む文字の読み書きに困難がある人が見やすく読みやすい「じぶんフォント」の開発プロジェクトを統轄しており、2022年9月には一人ひとりが自分に合ったフォントの読字体験ができるWebサイトを公開しました。今回はプロジェクトの背景や新しい文字コミュニケーションについて、多様な特性を持つ読者にとって読みやすい書体の研究を行う東京工業大学の朱(しゅ)助教と、プロジェクトをリードするDNPの担当者金子氏にお話を伺いました。


【この記事はこんな課題意識を持った新規事業開発担当者におすすめ!】

  • 身近な社会課題解決のために事業を立ち上げたい
  • 大学の研究と組んだ事業化を目指したい
  • 自社のアセットや強みを活用した共創を興したい

 

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(左:東京工業大学 環境・社会理工学院 朱心茹助教、右:DNP ABセンター ICT開発ユニット秀英体事業開発部 金子真由美氏、「市谷の杜 本と活字館」にて)

 


朱助教の想いとDNPの伝統から生まれた「じぶんフォント」


ー DNPの「秀英体」を用いた事業開発について教えてください。

金子:私が所属するICT開発ユニットではユーザーに価値のある製品やサービスの開発・実証実験を行っており、その中でDNPのオリジナル書体である「秀英体」を使ったサービス開発に取り組むのが秀英体事業開発部です。

DNPの前身である秀英舎では、活版印刷技術を用いて人々の知識や文化の向上に貢献することを謳っており、活版印刷の書体として誕生した秀英体は100年以上にわたって開発され続けています。現在も私たちの身の周りで多く使われている秀英体ですが、辞書や文庫の印刷物だけでなく、CMなどの映像や電子書籍などでの利用へと広がっています。

生活者がWebやSNSで情報発信するなど表現が多様化する今、文字コミュニケーションの新しい価値を作り出したいと考え、私たちは「人に想いを伝える」ツールとしてフォントの開発をしています。その中で朱さんとの出会いをきっかけに始まったのが、文字の読み書きに困難がある人に読みやすいフォントを開発する「じぶんフォント」プロジェクトでした。

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(写真:「市谷の杜 本と活字館」展示品)

 

ー朱助教との出会いと、「じぶんフォント」プロジェクトの立ち上げについてお聞かせください。

朱:現在私は東京工業大学 環境・社会理工学院 野原研究室で、多様な特性を持つ読者にとって読みやすい書体の研究をしていますが、DNPさんとの出会いは東京大学大学院にいた時に遡ります。2016年に「ディスレクシアに特化した和文書体と書体カスタマイズシステムの研究」というテーマでDNP文化振興財団の研究助成を頂いたことを機に、DNPの方々が私の研究に興味を持ってくださり、研究室に足を運んでいただくなどをして交流が始まりました。

そこから4年が経ち、ある程度成果も見えてきたタイミングで、DNPさんが事業化のプランを検討くださったことが本プロジェクトの発端です。

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金子:前任の担当者が、伝統ある秀英体をより多くの人の役に立てるように領域を広げたいと考えていた時、朱さんの研究に出会い興味を持ち、研究室に話を聞きに行くことを毎回楽しみにしていたと聞いています。私は2020年に現部署に異動し、プロジェクト立ち上げに関わるようになりました。

ただフォントを開発するだけではオーディエンスが限られるため、より多くの人の役に立つようにアクセシビリティ領域の技術を組み込んで事業化を始めたらどうかという話から始まり、ウェブサイトの表示をユーザー毎にパーソナライズできるアクセシビリティソリューションを提供しているファシリティ本社のマネージングディレクター イヴさんとお話しする機会を設けたんです。

ディスレクシアに向けたフォントが日本にまだないのであれば、研究に留まらず早く世の中に出して、実証実験をしながらブラッシュアップすべきとアドバイスをいただき、実際にはファシリティのサービスに開発したフォントを組み込んで世の中に出したらいいと背中を押していただきました。それをきっかけに大きく一歩進むことができて、DNPと朱さん、ファシリティジャポン、フォント開発・制作を行うリアルタイプの4社で「じぶんフォント」プロジェクトを立ち上げようとなったのが2021年の頭でした。

 

ー朱助教はどのような背景から、発達性ディスレクシアを持つ人にとって読みやすい書体に関する研究に携わっているのでしょうか?

朱:自分が人と話すことが得意ではなかったからか、話し言葉よりも書き言葉や文字の形に興味がありました。大学のサークルでポスターを制作したときに意識的にフォントを選んだことをきっかけに、フォントについて考えるようになりました。金子さんが「フォントは想いを伝えるツール」とおっしゃっていましたが、まさに言葉には含まれてない情報として、フォント自体が読み手に気持ちを伝えたり印象を与えていることに気が付いたんです。

私たちが日々無意識にフォントを通じて文字を読み書きする中では、言葉に含まれない情報についてはなかなか言語化されず、共有することが難しくもあります。そこで、フォントのデザインはもちろん、フォントが意味とどう関連するのかを研究したいと思い、来日して東京大学の図書館情報学研究室に入りました。

初めてディスレクシアや読み書き困難について知ったのは、特別支援教育に関する講義を受けた時でした。欧米ではディスレクシアの方にとって読みやすいフォントが作られ、一定の成果も出ていますが、日本語ではディスレクシアに特化したフォントがないこともわかりました。人々の課題を解決できるかもしれないフォントは社会的な意義があると思い、ディスレクシア支援を行うNPO法人(NPO EDGE)も訪問して実際の状況をお聞きしたのちに、本格的に研究を始めるに至りました。

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デジタル社会だからこそシームレスにフォントを選べる仕組みをつくりたい


ー実際に「じぶんフォント」を開発した流れをお聞かせください。

金子:まずはどのようにフォントを開発するかを考えました。通常は、日本語の書体は7000文字が揃っていないと使えず、一書体を作るには1、2年を要します。ですが今回は、一文字ずつフォントを作るのではなく、DNPが持つ秀英体フォントの骨格をもとに太さや大きさなどを変形させることで新たなフォントを作ることに挑戦しました。結果として3書体を5カ月で作ることができました。

 

朱:研究の中で、読み書き困難の症状は人によってさまざまで、読みやすい書体も異なることがわかってきました。ですので、決め打ちでフォントを提供するのではなく、ユーザーが自分にとって読みやすい書体を自分で簡単に作れるカスタマイズシステムの提供を最終的には目指しています。プロジェクトの立ち上げ時にはシステムのプロトタイプができていたので、それを元に本格的にカスタマイズシステムを作るところから始めました。

普段フォントを選ぶ時には「細・中・太」などきまった選択肢を使いますが、このシステムを使うと文字の縦横比や行間、字幅、太さなどを読み手に合わせて変形させたフォントを作ることができます。デジタル社会だからこそシームレスに、一人一人に合わせたフォントを作成できるカスタマイズシステムを開発することを目指しています。このシステムを用いて「じぶんフォント」の開発に取り組んでいます。

これまでの研究では、システムのプロトタイプを用いて、実際に9名の読み書き困難を持つ方に、文字の太さ・高さ・大きさ・線幅の太さの差などを調整していただき、自分が読みやすいフォントの形を3パターンずつ作っていただきました。また、関連した研究でDNPの「秀英丸ゴシック」がディスレクシアの方にとって読みやすい可能性があることも分かり、計27パターンから得られた数値の組み合わせを秀英丸ゴシックの骨格に当てはめて、今回「じぶんフォント」のWebサイトに実装した3種類のフォントが出来上がりました。

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金子:3つのフォントをディスレクシアの方に見てもらうと、「どっしりまるご」が良い、「はっきりまるご」が良いなどとそれぞれ異なる意見を出してくださり、一般の方にとってはフォントの形が少しの差でも、ディスレクシアの皆さんにとっては見え方が大きく違うんだなと感じます。

 

朱:既存フォントの見え方もディスレクシアの方によってさまざまです。視覚的な症状がない方も多いですが、「明朝体は先端が目に刺さって痛い」、「ゴシック体は図形に見える」など視覚的に読むことが困難という声も多くあります。ディスレクシアの症状自体は視覚とは関係なく、文字を音にうまく変換できないために読むことが難しくなると言われていますが、幼少期につまずくと読みの発達が遅れてしまい、大人になっても自然に読むことが難しくなったり、読むことはできても非常に疲れてしまったりとさまざまなところに影響が出てきます。「じぶんフォント」を使うことで読むのが楽だとか、少なくとも読むのがそこまで嫌じゃないという状態が達成できれば、まずは成功だと考えています。

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ープロジェクトを進める中で、特にこだわったポイントはありますか?

朱:9月に公開した「じぶんフォント」のWebサイト自体を調査・実験の場として、データをとれる仕組みをしっかりと設計してあることが私のこだわりです。サイト上は“体験”という形になっており、属性などの基本情報、読書量、読む時や書く時にどのような困難があるかなどを答えていただき、物語を読み進める形で読みやすいフォントを選んでいくと自分に合ったフォントが表示される設計です。この一連の流れの中で質問表調査と一対比較の実験を行っており、最終的に大規模かつ良質なデータを取れるような仕組みを作っています。調査・実験の設計にあたってはプロジェクトメンバーだけでなく、外部の専門家にもご意見いただきました。

ここで集めたデータを分析して、どんな読み書き困難の症状があった時にはどんなフォントの特徴がよさそうか、それはなぜなのかを、実態を確かめ解釈していく作業をしっかり行いながら、今後の研究と実用化に向かっていきたいと思っています。

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金子:このプロジェクトが今日まで上手くやってこれているのは、朱さんという存在があり、その研究に基づいてるからだと感じています。朱さんの研究を進めるためにみんなが集まって、みんながこのフォントが世の中に広まったらいいなと思っている。朱さんの考えが軸にあることで、プロジェクトのぶれない芯になっているんです。

「じぶんフォント」という名前はプロジェクト立ち上げ当初に話し合って決めました。私たちの方向性を示す名前にしよう、どんな未来を想像して名前をつけようと話す中で、ディスレクシアは大人になっても続くけど、最初に読み書きにつまずく子どもの頃が重要なのではという意見がありました。

読めないことで授業についていけず学校が嫌になったり、不登校になったりすることがないように、早いうちに自分が読みやすいフォントに出会える世の中になればいいねという想いから、子どもにも受け入れられるようなやわらかい名前にしようと何十案も出し合って、朱さんの案である「じぶんフォント」に決めました。私たちの想いが込もったこの名前が、私の中での大きなこだわりです。

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一人一人の多様な読み書きを支える「じぶんフォント」へ


ー「じぶんフォント」をリリースしてから今日までの成果や、今後目指す共創について教えてください。

金子:「じぶんフォント」の一般提供に向けてより多くの方に実証をとり、評価を受けていく必要があります。9月に公開した公式サイトもその手段の一つですが、一ヶ月で約1万人の方に閲覧され、5000件のアンケート回答が集まりました。ファシリティ社のアクセシビリティ機能の中に「じぶんフォント」を入れて、自治体のWebサイトなどで実験的に活用いただけるように準備しています。

今後は、特に読み書き困難を抱える子どもたちの学習環境を良くする必要があると考えていますが、現状では子どもたちの評価を多くはとれていません。小学生、中学生の方に使ってもらうきっかけを増やすため、そういったコミュニティと繋がることができたり、教育デバイス内で「じぶんフォント」を使えるようにする取り組みを一緒にできる共創パートナーとの出会いがあれば嬉しいですね。

 

ー「じぶんフォント」をはじめ、DNPがユニバーサル社会の実現に向けた文字コミュニケーションを普及させていく展望をお聞かせください。

金子:今までは「みんなにとって読みやすい文字」が良いものとされてきたかもしれませんが、これからは多様な一人一人に目を向けて、それぞれが暮らしやすくなるような世の中にしたいと思っています。その中で「じぶんフォント」が今困っている一人一人の手助けとなる存在になると信じています。

DNPだからこそ、いろいろな企業との繋がりを活かして文字コミュニケーションのフィールドを広く整えられると思っているので、ただ書体を開発するだけで終わらせず、それを世の中に普及させていくための繋がりをどんどん作り、いろんなツールでいろんな人が「じぶんフォント」を使えるようにしていきたいです。

 

朱:社会基盤としての文字に携わっていける体力もそうですが、既存の文字の形にとらわれず、よりオープンな形を模索していくところにDNPさんの強さがあると感じています。100年以上続く秀英体という資産が「じぶんフォント」のように形を変えることを良しとしたり、それが本当に社会のためになるのならばというオープンな姿勢が今回のプロジェクトの根幹にあります。歴史と未来のビジョンが共存しているDNPさんと一緒に取り組めるからこそ、このプロジェクトでも長いスパンの展望を持てていると感じます。今回のプロジェクトはとくに文字に着目していますが、この取り組みを通して、多様な人々とその多様さに対応した仕組みや制度があたりまえにあるようなユニバーサル社会の実現に貢献できたら嬉しいです。

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