【Professionals in DNP#1】最適な選択肢を10倍速で導く、DNPアニーリングソフトを生んだR&D とは
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【Professionals in DNP】では、新規事業開発に携わる様々な“ヒト”にフォーカスを当て、その魅力をお届けしていきます。
DNPは、個々の課題に合わせて膨大な選択肢から最適な解を抽出する「組合せ最適化問題」を高速で処理する「DNPアニーリング・ソフトウェア」を開発し、2021年から提供を開始しています。従来のパソコンを用いて、工場の生産計画や人員計画など多様な組合せ問題を高速に解決する当ソフトウェアは、DNPで長く働く一人の研究者の好奇心から誕生したといいます。その背景と展望について、研究開発者であるDNPの中川氏と、事業展開を進める金井氏にお話を伺いました。
30年にわたるDNPでの研究開発とデジタル社会の変遷
ー中川さんはDNPにおいて長らく新規事業のR&D領域に携わってこられたと伺っています。改めてご経歴を教えてください。
中川:DNPに入社したのは平成元年、今から33年前です。大学院では理論物理、特に量子力学を基礎理論とする場の量子論の研究をしていました。博士か就職かと進路を考えたときに、研究室のOBがDNPにいたので話を聞きに行ったのです。そこでDNPが印刷に限らず色々な研究をしていることを知って、何か面白いことが研究できると感じ、研究開発職での入社を希望しました。
振り返ると幼少期の頃から、意外で不思議なものを理解することに熱中し続けていたんです。中がどうなっているのかを知りたくて時計を分解することから始まり、成長するに連れて世の中の摂理はどうなっているのだろうと考えるようになりました。
物理の中でも、「実験」は一つのことを突き詰めるのに対して「理論」はターゲットを絞らずいろんなものについて考えられるため、理論物理を選択しました。幅広い研究開発をしていたDNPに惹かれたのも、そのスタンスに似たものを感じたからだと思います。
ーDNP入社後はどのような研究開発に携わってこられましたか?
中川:現在のアニーリングソフトウェア開発に至るまで、30年以上主にR&Dに携わっています。はじめのうちは画像処理技術の中でもデータ圧縮や色補正などの研究をしていました。インターネットが普及し始める頃にはWebでの画像の著作権保護の技術開発をしたり、今思うとデジタルのトレンドに沿った研究をしてきました。
2000年頃にソーシャルメディアサービスが盛んになる頃には、ブログのテキスト分析によりトレンドキーワードを抽出するサービスを研究開発していました。一般公開をしたら月間1000万PVが集まるなど結構面白い取り組みでしたが、事業化するにはハードルが高くてフェードアウトさせてしまったのですよね。
金井:数々の研究開発テーマはご自身で考えられたものなのですか?
中川:部署やタイミングによります。画像処理の時は与えられたテーマがほとんどで、ブログのテキスト分析は自分で面白そうだとテーマアップして、当時の上司も興味を持ってくれたことで外部に公開できたものです。
テキスト分析の後は、自然言語処理の流れでコミュニケーションロボットの技術研究をしました。ちょうどAIロボットが世の中に出てくる直前くらいに、DNPのメディアの一つとしてロボットを位置付けるのもありかなと思って取り組み始めました。PoCを重ねて事業化も検討しましたがビジネスとしては続かず、なかなかブレイクしないものが多いですね(笑)
金井:それでもデジタル画像、ソーシャルメディア、AIロボットと、時代のトレンドを面白そうだと着目されてきた中川さんの鋭い感覚には驚きを隠せません。DNPがこれらの領域のR&Dに携わっていたことを知らない社員も多いと思います。
社会全体の最適化を実現するDNP・アニーリングソフトウェア
ー中川さんがアニーリングソフトウェアの開発に至った経緯を教えてください。
中川:2018年の異動を機に時間ができたので、当時流行り始めてきた量子コンピュータに興味が湧いてリサーチの一環として調べてみたのです。その中で、組合せ最適化問題を解く技術である「量子アニーリング」が実用的であることがわかってきたので、試しに作ってみたのが「DNPアニーリング・ソフトウェア」開発の始まりです。
ですが、当時の上司に作ったソフトを見せながら、DNPのビジネスとしての量子コンピューティング事業を提案する過程で「なぜDNPが量子コンピュータに関わっていくんだ」という問題を突きつけられました。トレンドだけではなく、世の中の課題をもっと見据えなくてはと痛感した瞬間でもありました。
量子コンピュータ自体の実用化は十数年先であるため、どうしたら今実現できるビジネスになるかを考え、社会や企業の「組合せ最適化問題」に着目する方向に切り替えました。組合せ最適化問題とは数多くある選択肢から最適なものを選ぶことですが、それを迅速に解決するような、従来のPCでも使えるアニーリングソフトであれば、市場のニーズにも、DXを標榜するDNPの事業としてもマッチすると考えたのです。
ー企業はどのような「組合せ最適化」の課題を抱えているのでしょうか?
中川:たとえば製造ラインを持つ企業では、製品の生産計画やスケジュールに基づいて数多くの機械にそれぞれどのタスクを割り当てるか、稼働させる人員をどう配置するか、個々の出勤形態やスキルにも応じて割り当てる必要があります。
その膨大な選択肢の中から自社にとって最適な選択肢を導き出すために、従来は手作業であったり、既存のシステムを用いたとしても使いこなせなかったりと、多くの時間を要してしまう課題があります。それを高速で解くことで、業務効率化に向けた意思決定を支援できるのがDNPアニーリング・ソフトウェアです。
金井:労働者人口がどんどん減る中で、たとえば従来100人の稼働が必要だった部分を50人で対応可能にさせるといったことなどが組合せ最適化機能で実現できます。他にも材料開発の現場における研究プロセスの圧縮や、交通渋滞を緩和するための個々人に対する経路最適化など、企業に限らず社会全体の課題解決に繋げることができる技術なのです。
今あるAI技術では、過去データを元にした判別や予測はできても実際にどうすべきかという意思決定の部分までは到達できないので、宇宙に存在する原子の数ほどある選択肢の中から最適解を見つけて、迅速な判断に用いることができる組合せ最適化の技術には実用性の高さを感じています。
ーDNPアニーリング・ソフトウェアの特徴を教えてください。
中川:他社で作られているアニーリングのソフトには、ITの専門家やエンジニアの方々が工夫を重ねて尖らせた一つの技術が先端の研究開発の成果として用いられています。
一方、私たちのスタンスは「三人寄れば文殊の知恵」です。アニーリングといっても色々な技術がある中で、私はアニーリング法としてよく知られた3つの手法を全て実装しました。3つの手法を同時に動かして、各問題に対してその中で一番いいものを引っ張り出そうというスタンスで作ったのが、DNPのアニーリングソフトウェアです。
金井:何か一つにこだわるよりも、結果を出すためにどれが一番早いのかを見てみようというのは、いろいろなことに関心を抱かれる中川さんの性格が出ている気がします。お一人で開発される中でのご苦労も大きかったのではないでしょうか。
中川:作ることが好きなので苦ではないですが、相談したり教えてくれる人がいたわけではないので地道に試行錯誤を続けてきました。手法を3つ搭載する際も、教科書やWeb記事にはどういうアルゴリズムなのかが書いてありますが、そのままに実装してもうまく動かないのですよ。ちゃんとした解を出すためには内部に調整すべきパラメーターが結構あるので、このパターンはどうか、こっちのパターンはどうかと考え続けて出来上がったものですね。
ー実際にDNPのアニーリングソフトを活用することで、どういった成果が見られましたか?
中川:DNPの工場で実証実験を行った際に、従来のシステムと比べて10倍の高速化が実現できました。印刷工場ではいろんな品目の雑誌を刷りますが、各雑誌の印刷開始から納期までのスケジュール、機械の適合などの制約条件を満たしながら印刷スケジュール表を最適化するにあたり、既存システムでは一晩かかっていた生産計画の策定が1時間弱でできるようになったのです。
実用性が証明できたことで、2021年10月に「DNPアニーリング・ソフトウェア」としてリリースをして、今は金井さんたちと一緒にPoCを重ねながらビジネス化に注力しているところです。
金井:僕は今年の8月から事業化の部分で関わっていますが、製造業をはじめ各企業からの反響に驚くことも多いです。今はどの企業もDXを目指す中で、単なるデジタル化やデータの可視化に留まってしまうことは少なくありません。本来データドリブンで目指すべきは最終的な意思決定の部分だからこそ、中川さんが開発されたアニーリングソフトには大きな意味があるし、本気で注力して大きなビジネスにしていきたいですね。
企業の迅速な意思決定を支え本質的なDXを実現
ーDNPとして組合せ最適化問題に取り組んでいくビジョンをお聞かせください。
中川:近年問われるDXには、生産効率を向上させていく「守りのDX」と、どんどん新規事業を生み出すための「攻めのDX」があります。企業が守りのDXによって生まれたリソースを攻めのDXに活用していけるように、我々はその取っかかりをつくろうとしています。
ここ数年はコロナ禍や急激な円安などにより企業の経営環境も急速に変化しており、迅速な意思決定が求められる場面も増える中、リアルタイムで組み合わせ最適化問題を解決できるサービスには一定のニーズがあると実感しています。DNP自体も工場を持つ製造業なので、アニーリング技術の実証を自社で重ねていけることも強みですよね。
金井:マーケティングのところでいうと、DNPがDXを標榜してビジネスを進めていくための強力な武器が増えたのだから、全力で押し出していかないという気概でいます。アニーリングソフトを企業の迅速な意思決定を実現するためのピースと考えると、我々が企業や社会に対して提供できる本質的なDXになりますよね。
とはいえ、世の中に本質的な価値を提供するために、このソフトウェアだけを売るのではなく、たとえば何か他の技術やサービスとセットにして提供したいといった話をした時には、研究者ご自身である中川さんも「もちろんいいですよ」と言ってくれる。この素晴らしくフラットな姿勢 に支えられています。
中川:先ほど話したように、今社会で活用されているAI技術にも不得意分野はあるので、その不足部分は私が技術開発を通して補っていきたいというスタンスでいます。ただ、ソフトだけでいえば他社でも同様のものは作れるし、そうなると精度がカンマ何%高いなどの勝負にしかなりません。
ビジネスとして本質的に勝負すべき部分は、金井さんがおっしゃったようにもっと違うところにあると思います。世の中のニーズを見ると、武器だけを欲しがっている人はいないのですよね。お客さんはその武器で何がしたいのか、たとえば意思決定を迅速化したいというニーズに対しては何をすればいいかを考えたら、武器一つにこだわっている場合ではないと冷静に思えますし、そういった視点を持って研究開発に取り組んでいきたいです。
ー今後協業していきたいパートナー像や展開先などがあれば教えてください。
中川:将来ものすごいパワーを発揮するであろう量子技術には期待しているのですが、まだほとんど使い物にならないレベルであるのが実態です。将来のための研究投資として割り切るという考え方もありますが、私たちは直近の事業創出を最優先で考えているため、使えるところから使っていこうというスタンスです。その辺りの感覚が一致している、つまり「着眼大局・着手小局」で取り組まれてる会社さんと協業パートナーとしてご一緒いただきたいなと思っております。
金井:まさしく、共通のビジョンを抱いて社会実装に力点を置かれている企業ですね。サービスの展開としては、まずは製造業界への普及を目指しながら、需要が増えてある程度売り物になってきたら、物流や交通分野、材料開発などの分野に向けてさらに拡大させていけたらと思います。
中川:社会の中にあるさまざまな課題に対して、個別の最適化ではなく全体最適解を見出すことで全員がハッピーになれるという課題解決の仕方も、大事な視点の一つだと思います。地球上にあるすべてのものは有限です。組み合わせ最適化は無駄なものを削減するための技術なので、この研究開発を通して「世の中にあるすべての無駄をなくす」ことを実現していきたいですね。
そして、人類全員が一日3時間働くことで世の中が回る世界が究極だと思うのです。余った時間は世の中のためにボランタリーな形で使ったり、自己実現のために文化的な活動をするのでもいいし、自分の時間を最大化して自由に使える社会をつくっていきたいと考えています。