内部通報の対話を構造で支える。DNPの出向起業型カーブアウトから生まれたSincecoreの挑戦
- 企業の内部通報対応やガバナンス強化に課題を感じている方
- 生成AI・SaaSを活用した業務変革や新規事業に関心がある方
- 大企業発スタートアップや「出向起業型カーブアウト」に関心がある方
DNPでは、新規事業を世に出す新たな選択肢として、「出向起業型カーブアウト」を導入しています。2026年5月、その第2号となる株式会社Sincecore(シンスコア)が誕生しました。
代表取締役CEOの佐藤英吾とCOOの山川祐吾が取り組むのは、企業と従業員の双方に大きな影響を及ぼす「高リスク面談」を、より適切に進めるための仕組みづくりです。現在は、内部通報対応を支援するSaaS「シンミライナビ」の開発を進めています。なぜ、この領域に着目したのか。事業の原点から、サービスの設計、今後の展望まで話を聞きました。
属人化している「高リスク面談」を変えたい
——Sincecoreは、DNPの出向起業型カーブアウトから生まれた会社です。どういう事業を展開しているのですか。
佐藤:出向起業型カーブアウトは、DNPを退職せず、設立した会社へ出向してその事業に専念する仕組みです。DNPが仕組みとして活用しており、Sincecoreはその第2号案件にあたります。
そこで現在、私たちが開発しているのが、企業の内部通報対応を支援するAI-SaaS「シンミライナビ」です。
内部通報では、通報者や関係者へのヒアリングなど、慎重な対応が求められる面談が発生します。「シンミライナビ」は、面談前の準備から面談中の支援、面談後の記録の管理や関係各所への説明まで、つまり内部通報を受け付けてから対応完了するまでのフローを一貫して支援するサービスです。担当者の経験や勘に頼らざるを得なかった部分を仕組みで支え、対応のばらつきと負担を減らすことを目指しています。
——なぜ、内部通報の面談に着目したのでしょうか。
佐藤:きっかけは、私自身の前職での経験です。当時は労働組合の専従として、会社との難しい面談を受けた従業員の相談に乗っていました。なかには、家族にも打ち明けられないまま組合事務所に相談に来られる方もいたんです。まず第一に相談者と真剣に向き合って傾聴する中で、彼らが冷静に正しい意思決定が出来る環境をつくり、内容によっては会社と協議をしたり、顧問弁護士に相談したりもしていました。
会社と従業員のあいだの難しい面談は、企業にとって慎重な判断が求められると同時に、従業員にとっては仕事や生活に関わる重要な局面です。何百件という相談に向き合うなかで、その対応を担当者個人の経験だけに任せる怖さと難しさを強く感じました。言葉の選び方や聞き方を誤れば、企業には大きなリスクが生じ、従業員の人生を左右しかねないからです。
この原体験があったため、DNPで社会課題を解決する新規事業を検討するチャンスが来た際に、企業と従業員の双方への影響が大きい面談を「高リスク面談」と捉え、そのリスクを仕組みで減らすことは社会的に意義があり、かつ事業としてもニーズがあるのではないかと考えたんです。
「高リスク面談」には、難しい処遇の言い渡しやメンタルヘルスにおける諸面談など様々ありますが、そのなかで最初に選んだ領域が内部通報でした。通報者や関係者へのヒアリングを重ねる面談がベースにあり、その機微な過程を記録に残しながら慎重に対応を進めていくプロセスは、労組時代に向き合った面談と構造が重なります。また、2026年12月にの施行を控え、企業が体制を見直すタイミングだったことも市場の追い風になりました。
——山川さんは、なぜSincecoreに加わったのですか。
山川:佐藤とは同じ部署で働いたことがあり、部門が分かれてからも定期的に新規事業の話を聞いていました。新規事業ですから構想は途中で変わりますが、会うたびに内容がシャープになっていくのがわかったんです。DNPに在籍したまま会社経営に挑戦できるカーブアウトの仕組みも、ビジネスパーソンの次のキャリアのあり方として魅力がありました。
だから「一緒にやろう」と声をかけてもらったときは、即決でした。決め手になったのは、意思決定の当事者になれることです。DNPでも課長として裁量のある立場ではありましたが、投資や事業の方向性となると決裁を仰ぐ立場でした。判断に伴うリスクを自分で負ってみたい。今回はそのチャンスだと感じました。
限られた人員で、重さの異なる内部通報に対応する難しさ
——内部通報対応は、企業にとってどれほど負担の大きい業務なのでしょうか。
佐藤:まず前提として、従業員301名以上の企業には、内部通報に適切に対応するための体制整備が公益通報者保護法*1で義務づけられています。企業から聞いている感触としては、年間の相談件数は従業員数の1%程度が一つの目安です。1万人規模の企業なら、年間約100件の相談が寄せられる計算になります。
※1:法令違反等を通報した労働者等を、不利益な取扱いから保護するための法律
この100件に同じように対応すればいいわけではありません。「ちょっと職場で喧嘩しちゃって」という相談から、「取締役が不正会計をしているかもしれない」といった通報まで、内容の重さがまったく違います。これら玉石混交の案件に向き合う中、例えば深刻な内容が一件入るだけで、専門家を入れての事実確認や何人もの関係者へのヒアリングに莫大な時間がかかり、通常業務が止まるほど対応に追われます。扱う内容が重大なほど、担当者が気を張り続ける負担も大きくなりますし、対応を誤った場合の企業にとってのリスクも大きいです。
——営業を担当する山川さんは、企業からどのような声を聞いていますか。
山川:各社と話すなかで感じるのは、悩みの入口が立場によって違うことです。現場に近い担当者からは、人によって面談の進め方が異なるという声をよく聞きます。カウンセラー資格の取得などで面談の質を保っている企業でも、報告書の形式がそろわず、目を通す経営層が苦労しているケースがありました。
経営に近い立場からは、個々の面談だけでなく、企業ガバナンス全体を強化したいという声を聞きます。ただ、その中身は企業規模によって変わります。大企業では、秘匿性の高い情報を扱うため担当者を増やしにくく、限られた人数で多くの通報に向き合っています。一方、数百人から1000人規模の企業から届くのは、上場を見据えて体制を整えたいという相談です。
入口はばらばらでも、共通しているのは、通報の受付からヒアリング、調査、報告までが、一つの流れとしてつながっていないことです。単に件数をさばけばいい仕事ではなく、案件ごとに慎重な対応が求められる。その難しさを、企業の話を聞いていて感じます。
面談準備から記録・証跡管理までを支援する「シンミライナビ」
——「シンミライナビ」は、通報の受付から報告までの業務をどのように支援するのですか。
佐藤:狙いは大きく2つあります。面談の進め方を標準化することと、対応の経緯を証跡として残せるようにすることです。担当者一人の経験に頼らずに済む形にしたい、という発想ですね。
通報を受けると、現状、担当者はまず内容に目を通し、面談で何を確かめるかを整理することに時間と労力を費やします。「シンミライナビ」では、通報内容をもとに、AIがこのプロセスを代替します。
面談中の会話も、通常だと後になって「言った、言わない」になり追加の面談が必要になったり、記録した議事内容に対する正確性を求められることがありますが、これらも「シンミライナビ」が解決可能な課題です。
面談が終わったあとも対応は続きます。通報内容や面談記録はもちろん、誰がいつどのようなプロセスで対応したのか、社内外に対する説明責任は重要な要素ですが、私たちのサービスはここでもご支援します。
——企業によって内部通報の運用方法は違います。その違いには、どう対応するのでしょうか。
佐藤:完全に汎用的なシステムをすべての企業に同じ形で使ってもらうのは難しいし、そうすべきではないと考えています。私たちは、各社の業務フローを確認し、「シンミライナビ」をどの場面でどう使うのがお客様にとって最適かを一緒に設計します。例えば通報の受け付け方ひとつとっても、メールや電話、弁護士事務所への委託などに分かれ、面談のスタイルや調査、報告の進め方も、各社の事情や慣習があり一律ではないからです。
そのため、SaaSを導入しておしまいというサービスではなく、導入後にカスタマーサクセス担当者が運用を伴走支援し、法律や労務に関わる部分では、顧問の弁護士や社会保険労務士と連携する想定です。
さらに期待しているのが、事例を重ねることで得られる知見の蓄積と提供のループです。性質的にオープンになりにくい領域であるが故に、各社で蓄積できるノウハウには限りがありますが、私たちが多くの企業様をご支援することで得られる知見、例えばより良い面談の進め方や運用のあり方が見えてくると考えています。それらを、それぞれの企業様に合った形へ還元できる仕組みにしたいですね。
——「シンミライナビ」のリリースに向けて、現在どのように準備を進めていますか。
佐藤:開発面では、2026年9月のベータ版リリースに向けて進めています。ただ、前例のない領域のサービスなので、現時点のプロダクトが完成形だとは考えていません。実際の業務で使ったときに、想定した機能や使い勝手が本当にフィットするのかを検証し、改善につなげる段階です。その段階を越えたあと、沢山のお客様に認知いただき価値をお届けできるよう、マーケティング活動にリソースを傾けていきたいですね。
山川:並行して、先行利用に向けた企業との調整を進めています。通報の受付後から面談、調査、経営層への報告までをロールプレイング形式で試していただく予定です。実際の案件で試すわけにはいかないので、各社と一緒にケースを作り込み、申し出から調査の経過、関係者の発言までをできるだけ現実に近い形で再現します。
DNP発であることの信頼を生かし、スタートアップの速度で事業を育てる
——DNPからカーブアウトしたことは、事業を進めるなかでどのように生きていますか。
佐藤:社外に出て改めて感じているのは、DNPが長年築いてきた信頼の大きさです。プロダクトはデモレベルで開発中ですという段階の提案でも、大企業の役員クラスの方が会ってくださるんです。ゼロから起業していたら、こうした接点を早い段階で持つのは難しかったと思います。
もう一つ実感したのが、DNPであたりまえに求められていた品質やセキュリティの意味です。スタートアップにはスピードが欠かせませんが、機微な情報を扱うサービスである以上、品質は譲れません。DNPで培った品質への意識は保ちつつ、いまの体制に合った品質保証の仕組みを自分たちで整えています。具体的には、外部のセキュリティ診断を受けるほか、技術顧問の知見を取り入れて独自のテスト基準を設けています。
——今後の展望をお聞かせください。
佐藤:まずは内部通報の領域で、企業様にきちんと使っていただけるサービスをつくることが最優先です。2026年12月に改正公益通報者保護法の施行が迫り、内部通報の体制を見直す企業様が増えるなかで、「シンミライナビ」をその対応を支える選択肢の一つに位置づけたいと考えています。
内部通報で一つの型をつくれれば、そこで得た知見はほかの高リスク面談にも生かせます。そうなってくると、支援の幅を広げるには、数年スパンではなく何十年という時間がかかると思っています。だからこそ、一時的なサービスで終わらせたくありません。150年続いてきたDNPから生まれた事業ですから、自分たちの代で終わらず、次に引き継がれていくものに育てたい。そのための通過点として、将来的にはIPOも視野に入れ、大きな事業にしていきたいと思っています。
内部通報は、その最初の一歩です。高リスク面談に伴う企業のリスクを減らし、従業員の尊厳を守ることを目指しています。その実現には、私たちだけでは足りません。まだ2人の会社なので、業務委託や副業など形を問わず、この考えに共感してくれる方と一緒に事業をつくれたらうれしいですね。
今回の記事はいかがでしたか?
今後も、Sincecoreをはじめとした、DNPの出向起業型カーブアウトの取り組みやその展開に関するレポートなどを、DNP INNOVATION PORTで発信していきたいと思いますので、どうぞお楽しみに!
本記事をお読みいただき、Sincecoreの事業やDNPの取り組みにご興味をお持ちの方は、ぜひこちらからお問合せください。
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